ツタヤな日々

自閉な日々

asdでsadな日々の記録。

📝公表する意味

今日から日課の10分読書は、昨日図書館で借りてきた宇佐見りんの「推し、燃ゆ」。ずっと読みたかったけど予約待ちがすごくて、読み終えたタイミングでたまたま確認したら貸出可能だった。そして、まだ冒頭なのに既に引き込まれてる。開始早々こんなに持ってかれたのは、「コンビニ人間」以来かもしれない。楽しみが増えることはいいことだから嬉しい。

そして今日は始業前に直属の上司と、障害の公表範囲で対立。先週金曜日に所属長に伝え忘れて、もう一か所にも公表したい旨伝えたら、予想外に上司が弾けた。話したら、上司は金曜日の公表の件もよく思っていなかったみたいで、発達障害を公表することより、自分の苦手な事を伝える方が大切というごもっともで重要な意見。公表せずとも、普通じゃないのは分かる人には分かるという補足。それに対して自分は、発達障害とはっきり伝えないと、分からない人もいるという事実を説明。自分の場合、あからさまにそうだから、言わずとも理解してくれる人の方が言わずもがな助かるけど、28年間生きてきて、1割いなかったのが事実。上司は数少ない1割側の人間だから、分からない人が大半だという事を理解できないんだと思う。確かに、自分も所属長が同僚の精神不調に気付かないとき、何で見るからに不調なのに放置してるんだろうって、少しだけ腹立たしくもあった。だから、自分が瞬時に理解できることは、他の人も理解できるだろうって思ってしまうのも事実。仕事の助言はほぼ全部受け入れるけど、今日の論争に関しては、結論は難しいで終わった。いろんな意見があっていいと思うし、自分も公表するべきかどうかで迷ったから所属長に伝える前に相談した訳だし、結果的にはよかったと思ってる。そんな感じで今日も何とか。明日が金曜日だったら嬉しいけど、現実は儚い。