ツタヤな日々

自閉な日々

asdでsadな日々の記録。

📝フリーになりたい

疲れる理由と過集中

今日は昨日の反省を生かして、帰宅後すぐに活動せずに、少しだけベッドで休憩。そしたら疲労はあるけど今のところ昨日よりは動ける。自分が毎日こんなに疲れる理由は明白で、常に緊張していること。これに尽きる。仕事の業務量に関わらず、自分以外の人がいる空間にただいるだけで、ものすごく疲れる。逆に言うと、帰宅後はヘトヘトで疲れてるはずなのに、周りの目がないからかブログ書いてるときは肩が軽い。昨日は書き終えてシャドバやってるときに眠気と疲労がどっと出て大変だったけど、なぜかブログ書いてるときだけ疲労がなくなる。疲れてる事を忘れるくらい、集中しているのかも。確かに、書き終えたら19時過ぎてたり20時近かったこともざら。ブログを書いてるときはいい意味で常に集中状態にあるんだって気付いた。そしてこれはブログに限った話ではなく、仕事中も文章を書いてるときはめちゃくちゃ集中できる。ブログに日記にライフログ。とにかく書くことが好きだから、ライターとか向いてそうだなとは思うけど、その先に進めないでいる。

フリーになりたい

そしてふと、自分の理想的な職場環境について考えてみた。集団に溶け込むのが極端に苦手で、フリーになりたいと現に強く願ってる。だけど、こないだ読んだ「私たちは生きづらさを抱えている」で、著者の姫野桂が綴っていた言葉が今も忘れられないでいる。自分に限らず発達障害の人は、文章を書くのが好きだったり、フリーランスに憧れてることを知った。そして、発達障害の当事者とたくさん会ってきた著者だからこそ、フリーになりたいっていう話をよく聞くけど、フリーランスも皆が思ってるほど甘い世界じゃないし、血反吐吐くような大変な世界だとこぼす。前作も今作も、中立さを保ちながらもこっち側に優しい著者だったからこそ、当事者の甘えた希望を突き放すような冷たくて厳しい本音が怖かった。当事者の甘えた希望は自分の最終目標でもあるから、頭からスコンと一刀両断された気分。それでも現状の生きづらさを嘆きながら、解消するための努力もせずフリーになりたいなんて言われたら、フリーの厳しさを知ってる著者からしたら許せないよなとも思う。自分もフリーランスで、大変さを知っていたら著者と同じ感情を抱くだろうし。それでも自分の秀でた能力を遺憾なく発揮している著者が羨ましいし、自分もそっち側に行きたい。あちこちオードリーで星野源も言ってた。小さな労力でたくさんのお金を得ることができる。それが天職。自分にとって文章を書くことは、人と接することに比べたらはるかに労力は小さい。だけどそれで今以上のお金を稼ぐ自信はないし、今の自分にはそれができない。だから生きづらさを抱えながら組織に属してる。所属していれば、自分から動かなくても仕事を与えてもらえる。辛い辛いと言いながらも、それはありがたいことだっていうのは分かる。分かってはいるけど...ね。

理想的な職場環境

そして理想的な職場環境。

1.周りに誰もいないこと。

人がいると常に緊張するというマイナス特性が発動してしまうから、やっぱり誰もいない方がいい。これは仕事ではなくてプライベートだけど、ひとり暮らしを始めたことによって、オフがものすごく楽になったのは成功体験だと思う。だから、仕事も同じ環境でできたらもっと能力を発揮できると思う。

2.文章を書く仕事であること。

今のところは文章を書くことがとにかく楽しい。毎日書いてるブログも、時間を忘れて書き続けてしまう。その後にライフログつけて日記書くのがルーティンになるくらい。

ぱっと思い浮かんだのはこの二つだけ。超苦手な電話応対と来客対応も、周りに誰もいないならやれるんじゃないかという、根拠のない自信。例えば電話は自分の携帯、来客もひとりだと自分に関係ある人だけだろうし。この環境で働けるなら、フリーである必要もないかな。