ツタヤな日々

ツタヤな日々2

自閉でsadな日々の記録。

📕20-23ナナメの夕暮れ/若林正恭★★★

今週のお題「読書感想文」

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咀嚼しなくても、ひとつひとつの言葉がすーっと入ってくる。自分と対極にいる人間より、自分の延長線上にいる人間の言葉の方が受け入れやすいのは自然なのかも。

ただ「俺はこういう生き方なんだよね」という話は聞けるが、「こういう生き方をしなくてはダメ」だと押し付けられるのが苦手だ。

そして何より野心や欲望は衝動だから、自然に湧き上がってくるものであって、「持て!」と言われて持てるものではない。

「なぜそういう生き方をした方がいいのですか?」と聞くと、「お前のためを思って」っと言う。そういう人は「〜のためを思って」という大義を隠れ蓑にして、自分より立場の弱い者から自分の生き方を肯定する言葉をカツアゲしようとする。p34ℓ14

「嫌われる勇気」にもあった。あなたのためを思ってはたいてい自分のために言ってる。自分の係長も口癖だった。

ありのままの自分を受け入れろ、とか。身の程を知れ、とか。勘違いをするな、とか。ずっと言われてきた。でも、なかなかできない。なぜか?勧められていることが自制だからだ。禁欲的だからだ。人間は得があることじゃないとなかなかできない。P.55ℓ9

昔から言っているのだが、他人の目を気にする人は、"おとなしくて奥手な人"などでは絶対にない。

心の中で他人をバカにしまくっている、正真正銘のクソ野郎なのである。

その筆頭が、何を隠そう私である。p.147ℓ3

これは厳しい。「嫌われる勇気」の哲人より厳しい。哲人は言っても"自己中野郎 "だったのに、若林は"正真正銘のクソ野郎"。容赦ないな。自分も他人の目はかなり気になるけど、これはピンとこない。諸説あるということにしとこう。

"好きなことがある"ということは、それだけで朝起きる理由になる。p.153ℓ2

朝ごはんが美味しく食べられたら、今日は一日大丈夫。二月の勝者2巻に匹敵する好きな言葉。ネガティブな若林が言うから安心できる。

ぼくは、世の中の成功者が書く啓発本の「挑戦しなさい!」という言葉は強者の論理感が強くて嫌いだ。P161ℓ7

これがたぶん前回読んだ本で抱いた生理的な拒否反応の正体かも。もっというと上から目線なんだよな、自分はこうしたっていう経験話を超えて。

「自分の価値観を聞き入れてくれる異性は世界に一人もいない」と思い込みながら生きている精神的な童貞は、世界に絶望していることとほとんど同じだ。

それでも異性の目を惹きつけたいという抑圧された欲望が暴発すると、大げさでも何でもなくて反社会的な行動に繋がってしまうこともあると思う。

「自分の価値観を受け入れてくれる異性が少数ではあるだろうけどいるにはいる」と思えることはそれはもう"救い"なのだ。p.177ℓ12

自分だってモテたい。そう思っているので、この言葉は心の支えになる。